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ザスパクサツ群馬 アシストパートナー就任記念特別企画

ザスパと私 第2話 (全3話)

『夢が実現してしまったとき、それは残酷な日常の始まりである』

 

つらかった受験勉強を乗り越えると、そこには薔薇色の未来が待っている

、、、ものだと思っていたものです。

 

しかし、現実はまた、それほど甘くはありませんでした。

 

就職した監査法人というところは、会計士の集まりです。

ということは、私は、世間的に見れば、「会計にメチャクチャ詳しい人」であっても、監査法人の中では「会計については全くわかっていない人」になってしまうのでした。

甲子園に出場したバッターも、プロの世界に入ってしまえば、周りは甲子園に出場した選手ばかりで、簡単には打てないのと同じです。

しかも、会計監査という仕事は、頭を使う要素がほとんどなく、マニュアルを早く正確に捌くだけの仕事(当時の私の個人的感想で、今思えば、誰でも監査ができるようになるマニュアルはすごいしくみでした)に思え、自分には向いていないように思えて仕方がありませんでした。

 

そんなある日、私は有給休暇を取得して、ひとり、草津温泉に向かいました。

温泉に入りながら、これからの身の振り方について思いを巡らせていました。

草津の町をぶらぶら歩いていると、一枚のポスターが。

 

「ザスパ草津 対 水戸ホーリーホック 北関東ダービー」

 

私は、そのまま、正田醤油スタジアムに向かいました。

 

J2に昇格したあと、ザスパは低迷を続け、毎年、徳島ヴォルティスと最下位争いを繰り広げていました。

JFLでは上位でも、Jリーグに昇格してしまえば、「Jリーグを戦力外になった選手たち」では戦力不足なのは、当然といえば当然です。

また、草津には大きなスタジアムはなく、試合は前橋で行わざるを得ませんでした。

じゃあ、ザスパ「前橋」なんじゃないの?という声も当然上がります。

これに加えて、群馬県内における前橋と高崎の対立もあり、支援も一本化できませんでした。

スポンサー集めもままならず、経営がずっーと苦しい金欠クラブ。

 

チームの順位は資金力に比例する。

 

チームの勝利に必要なのは、熱意あるサポーターよりも、太っ腹なスポンサー。

悲しいけど、それが現実です。

 

水戸ホーリーホック戦は、引き分けに終わりました。

私はそのまま、ザスパ草津のファンクラブに入会し、試合を観戦するため、時折、正田醤油スタジアムに足を運ぶようになりました。

後に日本代表となる香川選手を、現地でソースカツ丼を食べながら観戦したのもいい思い出。

当時セレッソ大阪はJ2にいましたが、香川、乾、カイオ、ベンチ外には、柿谷や山口蛍がいて、J2では反則級の戦力を抱えていました。

試合は、香川と乾のゴールもあり、ザスパは4-2で完敗。

しかし、「草津の狂犬」都倉のゴールで一矢報いました。

その年、香川がJ2得点王に輝きますが、得点ランキング2位がザスパの都倉でした。

都倉の活躍もあり、ザスパは10位(18クラブ中)に躍進しました。

さあ、来年こそは上位進出、といったところでしたが、立役者の都倉は、J1のヴィッセル神戸へ移籍してしまう(今はセレッソ大阪にいます)。

たまに、めぼしい選手が現れても、J1のクラブに「個人昇格」して持っていかれてしまう。

選手個人の将来を考えると、また、資金力がない現実を踏まえると、仕方ないとはいえチーム編成が難しい。

 

「常勝が無理なことくらいわかっている。

しかし、そんな弱小クラブがJ1に昇格する、一生に一度でいいから、そんなロマンを見てみたい。」

 

しかし、数年後、J1に昇格したのは、過去に最下位争いを繰り広げていた徳島ヴォルティスの方で、ザスパにはJ1の足音すら聞こえることはありませんでした。

 

その年、私は監査法人から、事業会社の海外事業部への転職を決断した。